田んぼ終了!2017

疎らな田んぼながら、なんとか収穫が出来ました。
予想通り、昨年の半分の量でしたが、新米の味わいは格別でした。

9月10、11日稲刈り、はざ干し
























9月26日脱穀 ハーベスターという機械で、干した稲束から籾を取ります。













9月27日籾摺り 籾摺りをして玄米にします。








田舎生活とバランス感覚

田舎の人は、何でも自分で作ります。
お米や野菜はもちろん、季節ごとの様々な保存食、味噌・梅干し・漬け物・ジャム・干し芋・干し柿・・・昔はお酒まで・・・。
食べ物だけじゃなくて、道を作ったり、石垣を組んで田んぼを作ったり、ちょっとした納屋くらいなら自分で作るし、家の修理とかもやってしまいます。地元の方と接すると、その生活の知恵というか、生きる術をみんなが持っていて、すごいなって思います。
ほんの数十年前、この辺りでは、各戸に牛やヤギや鶏がいて、自給自足の生活が当たり前だったと聞きます。

自然と向き合いながら、自分の生活を自分の手で作り上げていく・・・。自然の恵みによって生かされていること、でも天候に左右されダメージを受けることもあること、頑張らなきゃいけないけど、頑張ってもどうしようもないこともあるってこと、そういうことがいつも実感としてそこにあって、多くのいのちを見つめながら、たんたんと生きている、朝起きて手を合わせてから、一日が始まる・・・。家族や地域や自然との繋がりを強く感じていたのではないかと想像できます。
そんな確固とした生活、生き方のなかで紡がれた里山の文化は、共生の文化であり、持続可能な生活の知恵がたくさんあります。
効率や経済を優先させてきたことが、多くの負を残していることを考えると、人の幸せとは何かを改めて考えさせられます。

田舎に暮らしてはや2年。何でもお金で処理できた生活から離れて、グルメだ、旅行だ、ブランドだ、そういうことへの関心は薄くなっています。
自分で作った米や味噌や、近所からの美味しい野菜や、美味しい空気や、綺麗な星空や、風や、水や、雷や、草刈りや、土木作業や、そんなことに意識を費やす毎日を心地よく感じています。
とはいえ、多くの情報が入って来る毎日で、インターネットも便利だし、SNSもやるし、テレビも見るし・・・・どこにいても、結局日々の取捨選択の中で、自分自身が試されています。自分にとっての丁度良いバランスってどこなんだろうと、悩みつつの田舎生活です。

秋の味覚「いくち」

きのこ狩りをしていた地元の方から、採ったばかりの「いくち」を分けていただきました。
本名は、いくち科「あみたけ」、この地方では「いくち」と呼ばれています。
表面がぬるっとしていて、味はなめこに似てます。









火を通すと紫に変化します。
今日はおろしポン酢でいただきました。










昔はもっとたくさんの種類のキノコが採れたそうです。もちろん、マツタケも・・・。
山の手入れがされなくなって、キノコも少なくなったそうです。残念です。